前回は番外編として、レンタカー営業所で筆者が体験したことを述べました。マニュアルにある必要最小限の知識だけでは顧客の信頼を得るどころか、ちょっとした質問にも満足に応えられない状況がありました。わが国は人口減少、とくに働き手の人口減少が急速に進行しています。いつの時代においても人は貴重な資源です。経営者としては、人のもつ能力を様ざまなやり方でひとりが何倍もの付加価値を生み出すようにする必要があります。そのための基本は、職場教育をより一層充実させるようにすることが欠かせません。
筆者がプロジェクトマネジメント業界に参加したばかりのころ、ある企業経営者のところへ企業内研修を紹介するため訪問したことがありました。そのとき、経営者の方針を知ることができました。
【1】この二つができなければあらゆる教育研修は無意味だ!
都内にあるオフィスを訪問しました。会議室に行くまでに社員の方々とすれ違いました。皆さんそろって会釈や挨拶をされました。面談に際して、社長はまず「お客さまが訪問されたら挨拶する、電話は3回鳴らすな(2回までにとる)。この二つができないようなら、どのような教育研修も意味が無い」と発言されました。筆者は思わず「本当にその通りですね」と応えました。受付から会議室に着くまでの短い時間でしたが、挨拶について社長の発言どおりのことがまさに実現していました。社長の発言に即座に賛同することができました。
日本カイゼンプロジェクトの会員の皆さまは「電話のとり方や挨拶などに、それほど重要な意味があるのか」との疑問をもたれる方々はまず無いと思います。製造現場の5S活動の5つ目のSは「しつけ」(規律)です。社内の規律がおろそかになっているようではどのような教育や研修も無意味とまでは言いませんが、効果的でないことは確かでしょう。
【2】担当業務周辺の知識獲得は重要
どのような職場であれ、担当する業務については知識と実践の二つがそろって身についていることが必要です。会社の仕事は担当業務以外にも、その周辺の業務があります。例えば、製造業で言えば、生産の周辺には営業、設計、技術、生産管理、システム、購買、人事、経理、総務などがあります。担当業務以外の周辺の知識が足りないと、部門間の連携プレーや問題解決がうまくできません。
東京ディズニーランド(TDL)の清掃担当キャストは、清掃だけではなくお客さまからのあらゆる質問に応えられないといけない。これはよく知られた有名なことですね。一般企業でTDLのように徹底するかは別として、担当業務周辺の知識獲得は重要です。いわゆる「電話のたらいまわし」は顧客からの信頼を失うことにつながりかねません。周辺知識があれば、信頼喪失を防ぐことができる可能性があります。
【3】周辺知識の獲得は社内セミナーで
日本企業に固有の美点は、職場でスキルの伝承が自主的におこなわれることでしょう。つまり、OJTが機能していることは日本企業の特長と言えます。とはいえ、組織として方針や計画性をもって実践することがきわめて重要です。現場に任せたままで経営としての関わりが無いと、期待する効果が出ないばかりではなく誤った方向に暴走する危険性もはらむことになります。
「スキルアップのための社内研修の企画と実践」については、本連載第71回で述べました。周辺知識の獲得は、本来業務のスキルアップとは目的が異なります。やはり、この目的に絞った企画と実践が必要になるでしょう。その分、計画作成には工数がかかることになりますが、経営の必須項目として計上しておく必要があります。
【4】社内セミナーで人が成長する
人が成長するきっかけは、人それぞれに様ざまに異なります。そのきっかけは様ざまでも共通することがあります。それは、本人のやる気が目覚めることや、自分なりの到達目標が理解できたことなどがあるでしょう。また、社内セミナーを実施して最も成長が期待できるのはそのセミナーの担当講師です。これも本連載第71回で述べたことですが、それを考慮してセミナーの課題と講師を決めることもよくおこなわれています。
いずれにせよ、セミナーは企画・計画と実施において社内の資源を使うことになります。現状の同じ趣旨のものについての継続の可否も含めて決める必要がありますが、すぐには成果が見えるわけではありません。まさに経営者の意思(方針)によって決めるものでしょう。
本稿の最初に、ある企業の社長方針、「この二つができなければあらゆる教育研修は無意味だ」を紹介しました。この訪問の後、幹部研修を依頼されることになりました。お付き合いするうちにいくつかの外部講師による研修や社内講師による研修を実践されていることを知りました。すぐには成果が見えないことに対して確固たる方針がありました。