プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第77回

今、そこにある資源を活かす
 ~プロジェクトやマネジメントを使いこなす(その3)

前回まで2回にわたって、初めての非常勤講師の体験を述べてきました。工学部の学生向けに「技術者倫理」の講座を引き受けたものの、いきなり想像もしなかった事態に直面しました。授業が始まると学生たちは興味関心の高い話題、例えば講師自身の企業内での体験などには熱心に耳を傾けます。ところが、肝心の技術者倫理の講義については遅刻、居眠り・熟睡、ひそひそ話、内職(他の講座の宿題をやっている)などが始まります。要は、授業がつまらなくて授業に集中できなかったのです。

この事態を解決したのは、授業にチーム討議を取り入れ授業時間内でリーダーにレポートを提出させることでした。そして、レポートの評価を学科の単位取得に反映させることにしました。このような取り組みで学生の授業への姿勢は様変わりしました。

プロジェクトは、問題解決や課題達成のための高度に専門的なやり方という理解が普及しています。ここで述べてきたように学生を授業に集中させるといった、身近なことにもプロジェクトの考え方が適用できます。筆者の体験した問題について、どのようなポイントが解決のためのカギになったのかを振り返ってみます。

【1】根本的な原因は何か
筆者はプロジェクトマネジメントの研修講師を務めています。1日コースなどで昼食休憩後の時間は、どうしても受講者の集中力が落ちると感じます。その原因についての対策はやりようがありません。対処策を準備するだけになります。
学生たちが授業に集中しない原因は、様ざまにあると思いました。しかし、学生たちの興味関心の高い話題では集中して聞いているのです。講師(筆者)のやり方が、魅力的で無いことが根本的な原因であることは明らかでした。筆者は非常勤講師として、何の体験も無く初心者そのものでした。率直にこの結論を自覚することができました。

遅刻、居眠り・熟睡、ひそひそ話、内職などの状況は、「問題」と言うよりも「症状」に過ぎない。根本的な原因にアプローチすればこれらの症状は自然に解消する、または無視できるレベルに落ちつく。問題解決にあたって、このような定番の考え方に落ちつきました。

【2】現場にある資源は何か
資源とは、石油やガスなどの天然資源ばかりではなく、人材、設備、予算などのほかに環境、制度、習慣、文化などを含む広い概念です。問題を解決するために、有効なものはすべてが資源ということになります。

ここでの資源の例
学生:学ぶために通学しているという自覚、興味関心の高い話題への高い集中力
大学:進級や卒業についての厳しい基準
講師:授業の運営についての大きな自由裁量の余地
科目の合否判定についての権限


つまりこのような事実(資源)をリストアップしてみることが、様ざまなアイディアにもつながりました。

【3】ゴールを設定する
プロジェクトマネジメントでは、ここが最も重視されるところです。何をもってプロジェクトが成功したとするか。筆者の場合で言えば、大学で「講座概要」と「達成目標」として事前に決めてありました。例えば、達成目標については次のように決めてありました。

目標
1.技術者の倫理が必要とされる背景を理解する
2.技術者の良心を支えるための「考え方」と「仕事の正しい進め方」を学ぶ
3.在学中だけでなく卒業後もつねに「学び続ける技術」を学ぶ


つまりゴールとは、問題となる症状(遅刻、居眠り・熟睡、ひそひそ話、内職など)が解消することではなく、上記の目標が達成されることを目指しています。1.については試験で確認することができますが、2.→3.となるにつれて時期は卒業後になるでしょう。学生たちには、そのことを伝えながら授業を進めました。筆者としては、次のような偉人の言葉は、後で知ることになりました。これを知って目標はこれで良かったのだと安心できました。

『教育とは学校で習ったことを、すべて忘れ去った後に残っているものである』

(アインシュタイン)


【4】今、そこにある資源を活かす
通常のプロジェクトでは、設定されたゴールを達成するため必要な資源(人材、設備、予算など)を見積もって依頼主に請求することができます。ところが、問題解決にあたっては必ずしも必要な資源を揃えることができない場合が多いのです。
いまそこにある資源をうまく活用し、ゴール設定と折り合いをつける。そのようなやり方も、プロジェクトやマネジメントを使いこなすひとつのやり方になると実感しています。