プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第67回 番外編

「全員交代」 人心を刷新するマネジメント(その2)
~「坂の上の雲」に学ぶ トップが引責辞任するとき

前回は番外編として、企業の不祥事のためトップが引責辞任するとき、どのようなかたちで次の世代にバトンをつなぐのかをとりあげました。背景として歴史小説「坂の上の雲」(司馬遼太郎)で描かれた、日露戦争における日本海海戦(1905年)の前哨戦となった黄海海戦(1904年)がありました。この作戦は大失敗でした。その原因として勝機はあったのに活かせなかった現場の緩みでした。そこで「全員交代」という罰を与える意味での降格を含む人事異動が実施されました。この狙いは「人心刷新」でした。同時に「司令部の責任問題を明快に」して、かつ「艦隊の気分を暗くせずにすむ」ことでした。
今回はその続きです。「全員交代」を現在に適用するとどういうことになるのか、官民二つの事例について述べることにします。

【1】全員交代にはほど遠い きわめて不透明なまずい例
昨年5月、東京高等検察庁の黒川検事長(役職は当時、以下同様)の不祥事が発覚しました。当人の上位職に検事総長があります。ここまでがいわゆる現場部隊です。さらに上位には法務大臣がいます。ここは企業で言えば代表取締役社長です。
森法務大臣(参議院議員)は直ちに自らの辞任を申し出ましたが、首相に慰留されて留任しました。また、不祥事を起した当人の処分は免職などではなく軽いものでした。しかも、さらにまずいことにこの処分を決めたのが誰なのか、検事総長、法務大臣または首相、いずれなのか明らかになりませんでした。
現場を監督する大臣や現場トップの検事総長、いずれも辞任しない。当人の処分も軽い。しかもそのような結果になった経緯が不透明である。この事件は、これらが重なって司法への国民の信頼を大きく損ねることになりました。
何がまずかったのでしょうか。黄海海戦における全員交代の懲罰人事に当てはめて考えてみます。

【2】この不祥事で全員交代を適用する
法務大臣は官僚とは立場が異なります。選挙で選ばれた国民の代表です。検察現場の不祥事について、国民の代表として処分をおこなう職務上の権限と責任があります。国民はそれを大臣に託しています。
大臣は、自らの権限により当人とその上司である検事総長をも厳正に処分する。当人については懲戒免職とし、検事総長については引責辞任させる。同時に自らも引責辞任する。これこそが、失った人心と司法への信頼回復のために法務大臣がとるべき道であったろうと考えます。大臣は首相の慰留に惑い、国民の信頼回復という大事な機会を自ら捨てることになりました。国民主権の民主主義国家として、たいへん残念な結末でした。

【3】社長の辞任だけでは何も変らない
三菱電機の検査不正問題で杉山社長は「社長の任にあり続けることが全てのステークホルダーの皆様からご理解を得られるのかどうか、わたしも何度も自問した。社長の職を辞し、新たな体制で信頼回復に取り組んでいくことが必要との判断に至った」と述べられています(2021.07.21 財界オンライン)。

今回発覚したのは、長崎製作所で製造していた鉄道車両用の空調装置。冷房の消費電力試験で異なる温度や湿度による試験を実施するなど、1980年代から30年以上に渡り、空調機の安全性や性能に関して、実際に検査していないにも関わらず、8万4600台の空調装置を出荷していた。
三菱電機が品質検査データを改ざんしたのは、今回が初めてではない。2018年以降だけでも、ゴム部品の製造子会社がグループの品質基準検査をしないまま製品を出荷したり、パワー半導体の品質検査で顧客と取り交わした基準でない検査のまま製品を出荷していた問題なども明るみになっている(出典同じ)。

長期間の組織的な不正行為は根が深く、再発防止策などだけでは、根本的な問題は何も解決できません。そして、引責辞任の対象が社長のみでは、担当する経営陣と執行する管理職層のすべてがそのまま温存されることになります。担当する現場の管理職は全員がこれまで長期にわたり「悪事と知りながら」業務を遂行していたわけです。役員と管理職、いずれも企業の汚名を重ねる行動を継続していたのです。

【4】全員交代 新社長は人心を刷新する信賞必罰の人事を
この事業の再生のためには人心を刷新する必要があります。担当役員と管理職のすべてを対象として信賞必罰の人事を断行する。これこそが最も必要とされることです。
「坂の上の雲」に学ぶとすれば、技術系の担当役員はすべて引責辞任、生産担当の上級管理職(部長クラス以上)はすべて降格のうえ他部門への配置転換などの措置をとる。このような思い切った措置をとらない限り、何の変化も期待できないでしょう。
現場の上級管理職が一斉に若手に交代すれば、「責任問題を明快にする」ことができ「人心刷新」に結びつくでしょう。人心刷新とは、例えば「そんなことをしたら私はクビになる」という意識が定着することです。三菱電機はわが国の製造業を代表する大手企業です。創業100周年の節目での全員交代による完全な再生を期待します。