連載の前回では、筆者が製造企業の生産現場に勤務していた当時、そこでも伝統的な神事がしっかり定着していることを書きました。老舗デパートの屋上に神社があるほどですから、要するに個人の生活を含めて社会全体に自然に溶け込んでいるのがわが国の神道なのですね。外国人観光客の立場からは神社は明らかに宗教施設です。しかし、観光で訪問する人たちにおいて排他的な宗教色を感じることはほとんど無いものと思われます。わが国の土木工事や建設工事に携わる方々も神事に参加される機会は少なからずあると思いますが、宗教色については同様な感覚だろうと思っています。今回もこの続きです。このような感覚がわが国として固有のものなのかなどについて述べることにします。まずは海外出張で訪問したカトリック教徒が多数を占めるスペインのバルセロナでの体験からです。
初めてのスペイン
バルセロナオリンピック開催(1992年)の3年前の1989年のことです。勤務していた企業のバルセロナ工場を同僚と二人で訪問したことがありました。欧州の生産拠点として、当時はイギリスとスペインに乗用車の組立工場がありました。筆者が所属していた本社部門で社外のコンサルタントと契約して工場の生産性改善の活動支援を依頼していました。筆者は依頼主の立場で、コンサルティングの状況や工場現場の人たちの感想などを把握するために出張したわけです。初めての海外出張、しかもスペイン滞在では驚きの連続でした。
仕事の面はさんざん
出張中にだんだんとわかってきましたが、そもそもコンサルタントを派遣したのに現地でそれを活用するという姿勢は非常に少ない。と言うよりもその姿勢はほぼ無いことがまず目につきました。わが国の、とくに製造業で「カイゼン」は常識として職場に定着しています。海外でかんたんに定着するとは思っていませんでしたが、我われの期待値をはるかに下回っていました。これもあとからわかったことですが、製造の現場では与えられた仕事は指示された通りにやればよい。指示されたことをやることすら難しいのに、自分なりに考えて「カイゼンする」などとんでもないという受け止めだったようです。
しかし、やってみると自分たちの仕事が楽になることや後工程とのスムーズな連携ができて不良品が減るなど目に見える効果が出てきたようです。こういうプロセスを踏まえながらカイゼン活動は軌道に乗るようになったと聞きました。もちろんこのような好ましい変化は、筆者が初めてバルセロナを訪問したときからかなりの年月を経てからのことだったそうです。
デパートの土日休業に驚く
さて出張では2週間近く滞在しました。お土産を手っ取り早く買うためにはデパートに出かけるのが良いだろうと思いました。ところが、デパートは会社や工場と同じように土日は休業になるとのことでした。ただ、毎月1日だけ土曜日に開業することがあるとのことでたまたまこの日が利用できました。スペインのデパートは、わが国のように数社が競争するようなことは無く、単に1社のみでその店舗が主要都市に点在していると聞きました。わが国の大手デパートもバルセロナや首都のマドリッドに進出しましたが、最終的には全て撤退になったようです。それはともかく、日本人の常識としては小売業が休日に閉店するなど考えられないことです。ところが、ここでの常識は我われとは異なるのです。休日である土曜日は家族そろって教会に行く。スペインの人たちは旧教(カトリック教)が大多数なのだと聞きました。
サグラダファミリア(聖家族教会)
バルセロナ観光でここは欠かせない存在です。今から30数年前に訪問したときは、まさにいたるところが工事中でした。石材の加工で粉じんが飛散するのでホースで散水していました。筆者たちは塔の上部には行かずに1階フロアを見ただけで終わりにしました。筆者の記憶では入場料を支払う受け付けは無かったようです。ここは1984年に世界遺産(文化遺産)に登録されましたが、筆者が訪問したとき(登録の5年後の時点)でもまだ大々的な改修工事をやっていました。まさに「入場料をとる工事現場」でしたが、現在では改修や増築工事はほぼ終了に近づいており2026年完成と言われています。仕事の出張先でこのような世界遺産に入場見学できたのはまさにラッキーなことでした。
バルで見かけた老齢のご婦人たち
スペインではどこの都市に行ってもバルがあります。わが国の居酒屋とは雰囲気が異なります。筆者たちが夕食前の休憩のためたまたま立ち寄ったバルでのことです。隣席に二人のご婦人たちがありました。スペイン語はわからないのですが、終始にこやかな談笑がありました。テーブルにはソフトドリンクのグラスが二つ(二人分)並んでいました。我われとしては、このお二人は帰宅して夕食の支度はしなくてよいのだろうかと余計なことを考えていました。ところがお二人は会話を心から楽しまれているのがわかりました。どちらかが一方的に話すのではなく、まさに落ち着いた静かな対話になっているのですね。我われとしては「日本では、この時間帯でこのような場所でかつこのような談笑の対話は見たことが無い」と思いました。会話そのものを楽しむ。スペインのバルはこのようなこともできるのだなと感動しました。場所としては室内ではなくテントを張ったテラス席でした。室内よりも騒音レベルがやや低いこともあってお二人のご婦人には最適な環境だったようです。
バルセロナはカタルーニャ州として独自の言語や文化があります。言語で言えば公共の場で使用される言語はまずカタルーニャ語で、次にスペイン語が併記されます。学校教育はカタルーニャ語を使っているとのことでしたが、スペイン全国で通用するわけではなさそうですから、スペイン語が使えないと首都のマドリッドなどでの就職は難しいのではと聞いたこともありました。地域の独自性は尊重されるべきものですが、国内にあるもうひとつの別の言語の存在は政治・経済・文化などすべての面でマイナス面がカバーしきれないと思われます。わが国では信じられない独自性と感じました。