連載の前回では、組織の信頼や規律について筆者の新入社員当時の体験を述べました。一例として企業内での敬称を取り上げました。役職をつけて呼ぶこともあれば、「さん」や「君」あるいは何もつけない「呼び捨て」などさまざまな呼びかけのやり方がありました。このような企業内の習慣も明らかに企業文化のひとつの構成要素になっています。新入社員に対してこのような文化を隈なく説明することは難しく、基本は慣れてもらうしかありません。これは時代の経過に関わらず変化しないことなのでしょう。
それに対して業務の進め方をどう理解してもらうか、ここは組織の知恵と工夫を活かすことができます。そのやり方によって、効果的な業務理解を進めることができると思われます。筆者が新入社員として配属されたとき、組織としてまとまったマニュアルなどはありませんでした。しかし、新人教育のための理にかなったやり方が組織の暗黙知として共有されていました。筆者がそれらを振り返ると先輩たちの経験に基づき試行錯誤のもとに編成されたものでした。今回もこの続きです。新入社員あるいはその業務について初めて関わる人たちへの教育は、組織の文化が大きく反映されることをあらためて述べることにします。
世界に通じる日本のマンガ 新兵訓練にマンガを使う
現在、日本のマンガは世界を席巻しています。海外の書店でマンガのコーナーがあるのは珍しいことではありません。筆者がよく出かけるスペインのバルセロナやマドリッドで書店に行けば、必ずマンガコーナーがあります。子供たちはフロアに座り込んで読みふけっています。さすがに大人たちが座り込むことはありませんが、彼らは立ち読みです。どこの書店でもマンガコーナーは子供や大人で大盛況です。さらにTV番組ではわが国のマンガ番組、例えば「クレヨンしんちゃん」などのアニメ動画を翻訳した吹き替え版で放映しています。ひと昔前まで、わが国においてマンガは子供向けのものでした。今や世界的に大人向けマンガが常識として定着しています。このような状況から、米国の新兵訓練ではその教材としてマンガが採用されているそうです。マンガが効果的な教育手段のひとつとして認知されている一例でしょう。
新人の戦力化は組織の重要課題
早期に新人を戦力化するという課題の重要性について読者の方々に異論は無いと思われますが、戦力化のためにどういう方法が適切かについては様ざまな意見や取り組みがあるはずです。重要課題であるにもかかわらず効果的なやり方が開発されていないことにより、新入社員が早期に退職することがしばしば起こります。退職する新入社員側の事情はさておき、企業としてやるべき施策が欠けている、あるいはきわめて貧弱なことも珍しくないようです。ここでは、早期として入社後3年間ほどの期間を対象にして述べています。以下、新入社員の早期退職をビジネスのリスクとしてその対策を述べていきます。まずここで、リスク対策の基本的な考え方を確認しておきます。
リスク対策の基本的な考え方
リスク対策として次のような二つがあります。予防対策と発生時対策です。この説明として、喫煙やキッチンなどでの火の不始末による火災発生のリスクをどう抑えるかを事例としてとりあげます。
予防対策
そもそも火災というリスクが発生しないようにする対策です。例えば、灰皿には常時水を入れておく。これで火が完全には消えていなかったタバコの吸い殻から火災が起こるリスクを抑えることができます。
発生時対策
火災というリスクが現実に発生したとき、その被害を極力小さく抑えるための対策です。例えば、キッチンには常時、消火器を備えておく。火災が発生したとき、それを使って火災が拡大しないうちにボヤ程度で消化することができます。
新入社員の早期退職防止のための二つのリスク対策
予防対策
担当する業務について、当人の適合度はどうかを把握することが対策の入り口となります。業務への取り組みの様子などから、担当業務に不適合の兆候があるようなら、本人との面談など必要なアクションをとることになります。この目的で、入社後一定の期間(例えば1年間)については新入社員に対して個別に専任の先輩社員を担当させることも良く知られた対応です。このようなやり方で、新入社員が組織の一員として円滑に担当業務をこなせるように支援すれば早期退職の効果的な防止につながります。
発生時対策
実際に退職したいとの要望や意思表示があった場合、先輩社員や企業としてできる対応は限られたものになります。つまり、火災で言えばボヤ程度の段階を超えてからようやく本人の意思を知ることになります。このような局面では発生時対策の実践はなかなか苦労することが多いようです。従って予防対策を充実させることがより重要になるでしょう。とはいえ、リスクの一因として本人自身の職務・職場の状況把握などへの誤解もあり得ます。発生時対策を実践することによって、組織として今後の予防対策のための効果的な情報を得ることにもつながります。
基本は実務への参画と習熟
本稿のはじめに、新人の教育は組織の文化が大きく反映すると述べました。例えば、古くから存在する伝統的な芸能の世界では新入りは長期間にわたって使い走りなどしかやらせてもらえず、その期間を終えてからようやく初歩的な手ほどきを受けることができるということを聞きました。その期間は本人の素質や辛抱強さのテスト期間と見なされているのでしょう。現在の企業組織でも長期間かけるかどうかは別にして同様なテスト期間は存在します。ただ実務への参画と習熟という目的をいかに効果的にやるかは、業務体系の知的蓄積とその実践力が試されることになります。企業内での組織の位置づけと役割、実務の効果的な分割と詳細化などが新人にとっていかに適合できるかがカギになると思われます。
(次回に続きます)