プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第188回

プロジェクトチームの休憩室(36)

連載の前回では、企業組織における信頼について述べました。例えば筆者がお付き合いしている企業においては信頼と自信のある仕事をするという社是があり、これが現実の業務にどのように反映しているかを紹介しました。ここでは顧客からの信頼を得るために、そして自らが自信を持てるようになるための工夫と不断の努力がどのようになされているか、そこには必ず組織の規律が存在していると筆者の見聞きしたことをお伝えしました。組織の規律を育てる5S活動も紹介しました。これも日本独自のものであり、現代日本社会の特長は社会に階層が無いことを述べました。社会にある階層として、江戸時代の士農工商は我われにとって有名な歴史です。この時代と比べれば、現代は憲法の三大原則のひとつとして基本的人権の尊重が明示されています。このようなわが国の社会的な背景を踏まえて、組織の信頼や規律との関係を述べることにします。


企業内での敬称「さん」
組織内では役職で呼びかけることはごく普通の習慣です。課長、部長だけのこともあれば姓をつけて○○部長ということもあります。役職そのものに敬称の役割も含まれるという共通の理解のもとで○○部長さんという言い方はしません。それでも組織外の方は「○○部長さん」との言い方をされます。これはより丁寧な言い方であると受けとめられています。○○部長だけではぶっきらぼうな感じがするのでしょう。より丁寧に「部長の○○さま」という言い方をされる方もあります。この場合、お互いの関係性で「さま」の代わりに「さん」もあります。社外からの電話を受けつけるとき、本人不在で代わりに応答する場合など、どのような敬称なのかでその関係性を類推できます。筆者の体験ですが、入社して工場勤務を始めたとき、たまたま不在の部長席にかかってきた電話をとりました。

第一声が「□□だが、○○君はいるかね」でした。新入社員で入社したばかりでしたから、○○君が自部門の部長だとわかるのが精一杯でした。□□が他部門のトップである専務という知識はまだありませんでした。本人の不在を告げたら、電話の雰囲気から近くにいた課長がその電話を代わるよう身振りで指示がありました。課長が電話を代わってしばらくの通話のあと、課長の電話のしめくくりは「ご用向きは承知しました。部長が戻りしだい、本人からお電話するようお伝えします」というものでした。新入社員ではとてもできないやり取りでした。お互いに社内業務の状況を共有していないと、会話の日本語は理解できても、その意味するところがさっぱり通じませんでした。組織の信頼や規律という観点から言えば、組織の主要課題についての情報共有が前提として欠かせない事例だったと思われます。

教育のための情報共有
当時の筆者は上述のようにまだまだ駆け出しの新人でした。先輩たちは親切な人たちばかりでしたから、わからないことは何でも尋ねるようにとのことでした。とはいえ、質問とその応答のためには、ある程度の知識や情報の共有が欠かせません。共有の程度が少ない場合は双方ともに時間がかかり苦労することになります。教えられる側(新人)にある知識・情報、興味・関心などをうまく活用する必要があります。筆者が配属されたのは鋳鉄部品を製造する鋳造部門でした。筆者は専門課程では鉄鋼材料を選択しましたが、鋳鉄については2時間の実験をやったことしかありませんでした。つまり、ほとんど素人と同じでした。先輩たちは何という不勉強な新人が配属されたかとあきれる思いがあったと思いますが、根気よく初歩的なところから教育してもらいました。

理にかなっていた新人教育
配属される新人は基本的に鋳鉄製造の基本と応用を専攻した人たちでした。筆者のように鉄鋼材料の基礎知識はあっても鋳鉄製造については学んでいない(その知識が空白)という新人は筆者以外にはいなかったと後になって聞きました。配属の権限は人事部にあるので、受け入れ部署としては多少の専門違いは気にせず増員1名のほうを選択したのでしょう。とはいえ、即戦力にはならないと考えて1年間を金型設計に配属するとのことでした。その理由は鋳造プロセスの全体像を把握するためには金型設計をやることが最も効果的であるという見解(経験)に基づくものでした。結果的にこの部署に10年間所属することになりました。この期間を振り返ると最初の1年間は、その後の9年間に対してきわめて効果的なものだったと思います。組織の教育方針についての揺るぎない信頼に基づき、たんたんと仕事を通じて教育を進めていく。結果として新人の個性を活かしながら成長をはかることができる。新人教育をこのような視点でとらえたプロセスはじつに理にかなったものでした。

教える側のスタイルはさまざま
金型設計の先輩の方々からは親切に教えてもらいました。筆者は機械設計の基本的な作図は学んでいました。鋳造部品の金型設計についてその基本は機械設計と共通していること、従って鋳造についての特殊性を学べばよいとの説明がありました。それで、金型設計にさほどの違和感無しに取り組むことができました。先輩たちの教え方のスタイルに少しずつ差異はありましたが、基本は一貫していました。後になってわかったことですが、少しずつの差異はそれらを総合すると金型設計の全体像のどこかに位置付けられる欠かせない部分であることがわかりました。先輩たちからは、筆者が描いた金型図面をチェックしてそれぞれに異なるフィードバックがあったわけですが、それらが矛盾することはありませんでした。標準や手引きなど当時は無かったようです。しかし、プロの集団として文字化はされていないが共通する暗黙の理解があったのだと思われます。

(次回に続きます)