プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第187回

プロジェクトチームの休憩室(35)

連載の前回では、講演会などにおいて聴衆の役割や責任、信頼と規律などについて述べました。もちろん講演会のメインの役割は講師が担うわけですが、講演会の成功は講師だけでは難しいことも事実です。前回の結びで伝説のロックシンガーである米国のエルビス・プレスリーのひと言「今夜のお客さんは素晴らしい」を紹介しました。これはまさに本人の率直な感想だったのだろうと思います。これに比べると我われが経験する講師のお礼の言葉は「ご清聴、ありがとうございました」だけになることが多いようです。実際に講師が素晴らしい聴衆だったと感じたら、月並みなお礼の言葉に代わるもの、あるいは追加するものがあってよいでしょう。逆のケースでとんでもなく無礼な聴衆だったら、講師は「今夜はもう止めた!」と言って途中で退場することもあってよいと思います(その場合には講師の報酬がどうなるか気になるところですが・・)。もちろん、これまで述べてきたように居眠りしている聴衆に向かって「出ていけ」は行き過ぎになることが多いのではないでしょうか。聴衆と講師、これらの関係に共有すべきものには何があるのか、今回もこの続きです。


信頼とは不断の積み重ね
講演会とは別に企業組織についてこれらを考えてみます。まず、信頼について筆者がお付き合いしている企業A社の社是には「信頼と自信のある仕事をする」とあります。これを筆者は次のように理解しています。

信頼は他者からの評価であり望んだからといってなかなか得られるものでは無い。しかし、そうなるためには自らがそのために確固たる自信を持てるような不断の努力が欠かせない。

筆者はA社の品質会議などにオブザーバーとして参加しています。ちなみにコロナ禍以前から当社はDX化が進んでいました。コロナ禍以降、すべての会議はオンラインで開催されるようになりました。効果的な市販のコミュニケーションツールなども社内でしっかり定着しましたから、会議時間そのものが圧倒的に短縮されました。品質会議を取り上げると、社内での不具合から市場での不具合まですべてが報告されます。顧客からの工場監査などもすべてオープンです。隠すことが無い率直な姿勢に顧客も納得されます。これは、まさにビジネスの正道であると筆者は確信しています。信頼を得るとは、このような地道な方向への努力の積み重ねであるとつくづく感じます。しかし、それだけではなくその方向をきちんと律するものがあるはずです。

規律を育てる
A社に限りませんが、わが国製造業の優良企業の職場(とくに製造現場)はどこもすっきりとしています。それは、5S活動(整理・整とん・清掃・清潔・しつけ)があるからです。最初の3つは、整理・整とん・清掃という日常の行動です。それらを積み重ねると清潔と言える職場環境が実現します。しつけは言い換えると規律です。つまり、5Sの目指すところは規律ある職場(組織)ということになります。

日常的な行動の積み重ねによって規律ある組織をつくり上げる。じつに素晴らしい考え方であり、実践的な行動規範と思います。ただ、これを世界的に普及できるかと言えば微妙なところです。海外に進出した多くの日系企業において、5Sはわが国ほどのレベルには到達していないようです。筆者としては、このような取り組みは製造業に限らずわが国独自の文化なのだと強く感じます。多くの訪日外国人観光客もこのようなわが国の文化の一端を感じるからこそ、わが国への評価が高まるのでしょう。この文化は、次のようなわが国社会の特長が色濃く反映していると思われます。

社会に階層の無い日本
海外に出かけるとわが国と異なることを様ざまに見聞きします。冬期、ロシアに出張したときのことです。早朝からホテル周囲の道路で大々的な除雪作業が進行していました。ロシア人通訳によるとこの作業に従事するのはロシア人ではなく、周辺国からのいわゆる出稼ぎ外国人労働者であるとのことでした。帰国してから雪国の友人に雪かき事情について聞いてみました。道路の除雪作業には自治体が出動するが、自宅やその周囲の雪かきは自分たちでやるしかない、やらざるを得ないとのことでした。

ロシア出張のとき、成田とモスクワ間をロシアと日本、それぞれの航空会社で往復したことがありました。ロシアの航空会社の客室乗務員はトイレ掃除など絶対にやらない(自分の担当業務ではない)ようでした。従って、トイレなどすぐに乱雑で汚くなりました。日本の航空会社の場合、トイレはいつも整理されてきれいな状態が保たれていました。客室乗務員はトイレ掃除を含めて必要なことは何でも(自らの担当業務として)すぐにやっていました。ロシアには足かけ5年で5回出張しました。往復ともロシア航空会社の利用が多かったのですが、トイレの状態はいつもわが国では経験したことが無いさんざんなものした。

夜間の清掃作業
スペインバルセロナで清掃局による夜間の道路清掃作業を見たことがあります。かなり大掛かりなもので大出力の散水車(というよりも放水車)でまず道路に散乱するゴミや泥などを吹き飛ばします。次にそれらをショベルローダーで別のトラックに積み込む、といったやり方でした。これをやるとさすがに路上にはゴミひとつ無し、という状況でした。ところが夜が明けて道路に歩行者が増えてくると、お昼を過ぎ午後にはまた元通りのゴミ散乱状態になりました。昼間は道路が混雑するので大型のゴミ収集車は使えないのでしょう。そのために日本の軽自動車ほどの小さなトラックがゴミ収集のために走り回っていました。もちろん、それだけでは歩行者などが捨てるゴミに対応できず、焼け石に水といったところでした。当地に限りませんが、スペインの観光名所のどこに行ってもゴミ箱は(少ないのですが)あるにも関わらずところかまわず投げ捨てられたゴミだらけでした。これに関して、海外からの観光客は別として現地居住の人たちにこれではまずいなという認識や自覚があるのかどうか、全くわかりませんでした。

人気バルの床はゴミだらけ
スペインのバル(居酒屋)は朝から晩まで営業している感じがしました。もっとも、お店によってそれなりに休憩時間があるようで個人商店だとシエスタ(午睡)があって午後2時ごろから6時ごろまでは閉店とのことでした。バルにクズかごはあっても、それをきちんと使うのは我われ日本人だけでした。すぐ近くにクズかごがあるのにそれを使うことはせずにゴミは床に投げ捨てるのです。それが当たり前のこととして定着しているように見えました。「床がゴミだらけのバルは良いバルだ」、つまり地元で人気があることの証明、当地にはこういう常識があると現地日本人ガイドから聞きました。

(次回に続く)