連載の前回は、タクシードライバーの仕事について書きました。乗客としては地理がよくわかっていないと困ることになります。とくに海外の不案内なところで言葉が通じないと乗客としてはお手上げです。最近は国内や海外を問わずスマートホンなどのアプリに行先をすぐに入力してくれるドライバーも増えてきました。ドライバーがその地区の地理に詳しくなくても正しい目的地へのルートがドライバーにも乗客にもわかるのは大きな進歩と言えます。また、タクシーに限らずサービスに対するチップについても書きました。わが国には海外のようなチップは一般的な習慣としてはほとんどありませんでした。しかし、最近はわが国でも飲食サービス業では導入するところが増えつつあるようです。今回はわが国のチップ事情について述べることにします。
いきなりで驚いたいつものレストラン
かなり以前のことです。私鉄の終点駅もあるJR山手線のある駅の近くにオフィスを間借りしていました。当駅周辺で食事や打合せでいつもよく利用するイタリアンレストランがありました。そこで、あるときからいきなりテーブルチャージを請求されました。そのような「料金値上げ」の延長上のサービスだと思いますが、ちょっとしたおつまみが付いてくるようになりました。市販のあられのようなものがひと袋だけぽつんと届きました。いきなりの「値上げ」で驚いたこと、そしてテーブルチャージの金額がいつもの食事代金と比べてけっこうな金額だったこともあり、その後はここを利用しないようになりました。この駅近くには多くのレストランや食堂がありました。つまり、他の選択肢があったのでいきなりの値上げで驚いたところは自然に足が遠のくことになりました。
はじめての食事処でのお通し
早朝の時間帯からの仕事のため都内のホテルに宿泊したことがありました。宿泊当日、夕食をとるため同僚と二人で近くのこじんまりした食堂に行きました。ここの店主がひとりですべてのことを仕切っているので、客が増えると注文を受けるにも時間がかかりました。カウンターには様ざまな総菜が盛られたいくつかの大皿が並んでいました。「これは好みの総菜が選べるのかな」と思いましたが、同僚からそうではないようだから黙って待とうとのことでそうしました。しばらくして、手空きになったとき、ようやく夕食として好みのものを注文することができました。カウンターにあった様ざまな総菜のうち金平ごぼうが届きました。これは嫌いではないのですが、問題はその量がとてつもなく多いのです。この量では明らかに無料の範囲を超えていると思いこれは食べきらないので要らないから下げてほしいと伝えました。すると、強い口調でこれは全員に提供するお通しだとの説明がありました(もちろん有料でした)。こんなに山盛りのお通しがあるので、他に注文するお惣菜を減らしました。会計時には思った通りお通しのような少額ではないお惣菜としての堂々たる定価がありました。
勘定の支払い時にまたトラブルがありました。勘定書きの足し算が明らかに間違っていました。これは意図的ではなく店主が電卓を使ってやったうっかりミスでした(ごくふつうのレジスターがお店に無かったのです)。筆者の指摘にぶつぶつ文句を言いながら、正しい勘定書きに書き換えていました。ワンマン操業で、しかも常識的なレジスターすら無いお店は、客も安心して食事できないなと同僚と話しながらお店を出ました。
価格の透明性
高級なレストランや料亭などは別として、筆者を含む一般市民が利用するサービスには、その価格についての透明性が必須条件となります。そうでなければ、安心してサービスを利用できません。
ある地方都市A市の居酒屋ではけっこう分厚いメニューのトップページに席料としてひとり当りいくらと明示してありました。あとでこのお店と他店とを比べると、店内の清潔さや店員の動きなどが明らかに優れていました。こういうことなら、席料についての納得性が高まります。
居酒屋の集合体
同じA市には小規模居酒屋20店ほどが同じ屋根のもとに大集結した便利な集合居酒屋がありました。ぽつんと1軒だけで経営するよりも集客が容易ですし、我われ利用者の立場からもきわめて便利です。例えば料理の種類や材料の産地なども選択自由です。集合していますから落ち着いてゆっくりという雰囲気には少し欠けますが、にぎやかで活気があるという大きな特長があります。そして、ここではすべてのお店で席料などはありませんでした。どのお店も独自性を発揮して相応の顧客層があるようでした。立地の良いところに集合したことは、このやり方の明らかな戦略的成功と言えます。どのお店も、席料をとるだの有料のお通しなどの顧客サービスに反することをやらなくてすむようになったのです。家族とA市を訪れるたびにここでのひと時を楽しむようになりました。
海外の常識とわが国の美風
海外ではサービスの対価としてのチップが常識になっていると述べました。わが国ではタクシーなどを含めこのようなチップという習慣はありません。これは海外のチップという習慣に対して、わが国の美風と言えるでしょう。同じ観点から、飲食店などにおける有料の強制的な「お通し」などはわが国の美風に反するものと筆者は考えます。経営者としては、単価としてほんの少額だからという理由でこれを採用する。そして、これがわが国の美風を少しずつ侵食していくことになるのではないでしょうか。