プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第136回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか
ボート経営とおみこし経営(その1)

前回は、人材育成に関して方針の重要性について筆者の体験を述べました。ひとつは筆者自身が新入社員として配属された部署での体験でした。この部署では、現場説明の機会がきちんと目的をもって新人教育に組み込まれていました。もうひとつは、発足して間もない部署の管理職を務めていた筆者が新入社員を教育する体験でした。ここでは部署として体系化された教育などは全く無い状況で、即戦力として活用することが新人教育そのものでした。業務内容に対して新人の適性がたまたまマッチしていてうまく育った事例でした。いずれにしても、成長の「1-2-7の法則」を意識して適用することが重要ポイントであることを説明しました。
今回からは、これまでも重ねて述べてきたわが国の経営スタイルについてです。欧米はボート経営、わが国はおみこし経営、それぞれの特徴や差異について述べていきます。

【1】ボート経営とおみこし経営
本連載の第31回は「組織の多様性が企業の活力を生み出す」でした。その中で、欧米とわが国で経営スタイルについてきわめて明確な差異があることをとりあげました。ソニー創業者のひとりである盛田昭夫氏は自らの経営体験から「米国はボート経営、わが国はおみこし経営」と独自の定義(用語の創出)をしたうえで、それぞれの得失を述べておられます(文藝春秋、1969年)。盛田氏の卓見を次のように要約しました。

米国はボート経営
強いリーダーシップで、ボートのこぎ手は前を見せてもらえない
ボートがどこへ向うのかはコックス任せ、こぎ手は後向きに坐ってただこぐことにのみ専心
能率の点からみればもっとも効果的だが、能率の上らぬメンバーははじき出される

日本はおみこし経営
おみこしは道幅いっぱいにあっちこっちに動きジグザグにねり歩く
経営者は目標や方針を示すが細かいことには口を出さず、指揮らしい指揮はとらない
スタートからゴールまでの行動は効率が悪い

発表から半世紀を越えていますが、両者の特徴は現在も全く変わらずにそれぞれの国で企業経営の基本方針として不動の位置づけを保ち続けています。盛田氏は二つの経営スタイルの本質をこのような名称でじつに鋭く解き明かされました。日本のビジネスパーソンなら、すぐに両者のイメージを思い浮かべることができます。筆者はこれを文章化するたびに感動します。

【2】社会に多様性という価値観をもつのは世界でわが国だけ
わが国多様性の象徴は神道による八百万の神々です。一神教の世界では神さまは文字通りひとりだけですが、わが国には八百万の神さまがあり、さらには神道の他に仏教もあります。これはわが国にのみ存在する多様性を示しています。多様性として、とくに大事なことは他者の意見や存在を認めることです。他者の異なる意見や存在そのものを認める日本の社会は世界の他国には無い独自の存在と言えます。

他者の異なる意見を認めない有名なできごとのひとつが、過去にあった天動説と地動説の論争です。一神教の世界では森羅万象が一元的に構築されることになります。そこでは天動説のもとでそれに反する地動説のような対立する異説の存在は許されません。わが国でしたら、対立する二つの説があっても違和感無く受け入れます。「そのうちどちらが正しいかわかるだろう」、これで終わりです。実際問題として、宗教の教義のようなどちらでもよいことは誰もさほど気にしません。いいかげんと言えばそれまでですが、異説を主張するために死ぬ覚悟は全く不要な世界です。

【3】おみこしはわが国の多様性の象徴
ボート経営ではリーダーの指示に対して全員が従います。ところが、おみこし経営では担ぎ手たちは異論をもつ人やそっぽを向く人もいます。なかなか全員そろって一糸乱れぬ行動にはなりにくい傾向があります。しかし、異論をもつ人の存在が組織にとってきわめて重要です。異論として、きちんと対案になるようなもの(提案型)は組織の宝です。反面、異論としてたんに個人的な好き嫌いの問題であったり、一部の弱点だけをとり上げたもの(不満ぶちまけ型)であったりします。これらの異論は経営陣としては歓迎できないでしょうが、おみこし経営の成長の過程ではよくある現象とすることにしましょう。異論の質を問う以前の問題として、異論が出やすい空気をつくることが重要です。「物言えば唇寒し」ということでは、多様性などは論外の世界になってしまいます。提案型の異論が主流になることを目指しながら、「異論歓迎」を旗印にしてすべてを包み込んでいく経営姿勢が必要になります。

【4】ボート経営のもとで働きたい人はいるか
ボート経営が主となる米国企業で何かと話題の尽きない経営者としてイーロン・マスク氏があります。クルマ業界に初めて参入し電気自動車(EV)でたちまち世界のトップ企業に成長しました(2021年メーカー別EV販売台数で世界1位)。有名な方なのでイーロン・マスク氏をとり上げましたが、ボート経営の米国企業代表として話を進めます。

わが国の企業で勤務している人たちに対して、筆者は次のような質問をしたいと考えます。

筆者の質問:イーロン・マスク氏の企業で働きたいですか? はい/いいえ
質問される対象者:現在わが国企業で勤務(就労)している人たち
企業(仮定):勤務地は日本、就労条件などは同業他社並み


わが国は人口減少のため働き手が不足する時代を迎えています。今後、減少傾向は継続し人の採用は一段と難しくなるでしょう。ここで、読者である経営者の皆さまは上記の筆者質問について、皆さまの自社従業員の方々はどういう回答をされるか、その回答を想像してみてください。

テスラ・モーターズ社やイーロン・マスク氏について従業員の方々はご存じだったとしても、恐らく、この質問にはなかなか答えようがないでしょう。従って、この質問は経営者の皆さま向けのものだとしたらいかがでしょうか。テスラ社が業績絶好調でも、経営者の皆さまとしてはわが国の経営スタイルには不向きだなと感じられるのではないでしょうか。ボート経営はわが国には不向き、この感覚はごく自然なことと思われます。

(次回に続く)