前回は、日本経済の最大の問題は中小企業という見解を紹介しました。持論を著書や大手メディアで様ざまに発信されているのは、わが国で中小企業を経営されているイギリス人デービッド・アトキンソン氏です。彼の分析では、中小企業は労働生産性において大企業とは大きな差がある。これが根本的な問題であるとされています。労働生産性の差があるのは、彼の分析によらずとも中小企業白書では直近20年の一貫した傾向でした。彼の持論が暴論だと筆者が感じるのは、これですぐに中小企業を整理統合するという結論になるからでした。他の方策を考える知恵が無いのではなく、欧米のボート経営の考え方としては考慮するまでもない常識だからであると述べました。
今回は、全企業の99.7%を占める中小企業はわが国の社会文化のひとつであるという観点からドイツの教育制度などにおける効率一辺倒について述べることにします。
【1】統廃合される中小企業のイメージ
前回のトップ画像を再度ここに掲載します。これは日本カイゼンプロジェクトのWEBデザイナーの創作です。毎回、筆者の記事に即したオリジナル作品が掲載されます。筆者自身、今回はどういうものがアップされるか楽しみしています。皆さま、今回はどういうイメージをもたれたでしょうか。全体像を無視して一定の割合で両端部をばっさり斬り捨てようとする図は、現在360万社ある中小企業を200万社に統廃合することを暗示しています。まさにこのようなイメージなのでしょう。
図 中小企業を統廃合するイメージ図
【2】小学4年生で進路が決まるドイツの教育事情
中小企業の統廃合のイメージによって、筆者は以前に見つけた次のようなタイトルのネット記事を思い出しました。ある基準でばっさり斬り捨てるイメージがそっくり同じなのです。
10歳で進路が決まる! 「受験の無い国」ドイツの教育事情 受験は無いが選別がある
10歳、つまり小学校は4年で卒業します。この時点の成績で三つのコースに分かれるそうです。以下はネット情報によります(出典 E du A 10歳で進路が決まる)。
基幹学校 5年制。卒業後、職業訓練を受けながら働くのが一般的。日本式に例えるなら、中学で就職、もしくは定時制高校に通いながら働くコース。
実科学校 6年制。卒業後、上級専門学校に進んで職業教育を受ける人が多い。場合によっては、単科大学に入ることも可能。日本式に例えるなら、工業高校や商業高校から専門学校進学コース。
ギムナジウム 8、9年制。卒業後、大学に入学することができる。日本式に例えるなら、中高一貫校から大学進学コース。
このように小学校4年の卒業時点での成績が将来を決めることになります。例えばその時点で基幹学校コースになったら、将来、大学受験などはきわめて難しいそうです。わが国と比べると、相当に窮屈な制度、いったん決めたら変更が難しいやり方と感じます。
【3】ドイツの制度は効率一辺倒
2015年にドイツに出張したとき、現地在住の日本人からこの制度についてドイツ人の評価を聞いたことがありました。彼らも小学校4年の時点で将来を決めるには無理があるとは理解しているが、何か別のやり方に変えるほどには至っていないということでした。
しかし、この制度は政府にとってはきわめて「効率的な制度」なのだろうと思います。教育にはおカネがかかります。10歳の時点で選別して早期に就職してもらえば、上級学校や大学の予算は減らせるし、労働力は早期に増え税収も増える。良いことばかり、という考えなのでしょう。
この制度には、わが国のように「大器晩成」という余裕のある雰囲気は微塵も感じられません。わが国でも以前に「即戦力の人材を育成する学校が必要」と力説する官僚もいたようです。当時、それを聞いたとき筆者は即戦力の人材がいたとしても、それは即(直ちに)非戦力になるだろう、人材育成について何も考えたことも無い人の発想と感じました。人材育成には時間がかかります。人材を早期に選別することは、成長の芽がまだ見えないうちにそれを摘み取ることになります。
ドイツ政府が産業政策として「インダストリー4.0」などと唱えだしたのは2011年ごろでした。そのとき既にドイツ製造業の凋落は決定的で回復不能だったのではないかと筆者は考えています。その大きな一因は、ここで述べたように効率化のために人材育成の芽を早期に摘み取ることにあったのでしょう。世界的な企業間競争に伍していくために、人材育成は欠かせない必須要件であることは間違いありません。さいわいなことにわが国では、政府による学校教育制度の一方的な合理化はなさそうですし、社会の雰囲気としてあるいは文化として学校教育の軽視も見られません。このような社会環境のもとに、中小企業としては企業内教育をさらに一層高いレベルに維持向上させていく必要があります。
【4】ミニは誇るべき日本の文化
筆者はたい焼きが好きです。さらに言えば、たい焼きのお店を見つければ立ち止まります。お店の中にテーブルがあれば立ち寄ります。お店はひとりか二人で運営されます。どのお店もそれなりの雰囲気がありますし、たい焼きそのものも少しずつ味わいが変わります。ミニばかりのお店を統合して集中的に製造して配送するなどの「合理的な」運営は考えられません。それではこれ以上のミニは無い極小のミニであるわが国のたい焼き文化を無くしてしまうでしょう。
前回、ニューズウィーク日本版(2022.8.16発行)の特集記事、世界が称賛する日本の暮らしを紹介しました。わが国は長寿で世界一です。これだけでもりっぱなものですが、長寿を支える世界一の健康保険制度もあります。米国などは国民皆保険制度が無いのです。そんなものは無駄遣いと政府が考えているからやらないのです。わが国の特長は、国全体に多様性があり安全で安心の社会を実現していることです。その大きな要素のひとつとして中小企業の存在があるとの私見を述べました。とはいえ、わが国は高齢化と少子化の社会が待ち受けています。
日本社会にあって、中小企業に求められるものは統廃合などによる合理化が最優先課題とは思えません。欠かせないことは製品やサービスの革新による高い付加価値の実現です。新商品や新サービスの開発のほかに、改善活動の充実やレベルアップがあります。すべての活動は労働生産性の向上に結びつけることができます。ミニという中小企業の強みを機動的に活かすことができます。