プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第124回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか DX時代のプロジェクト(その8)

前回は、地方都市の工業団地に進出した中小企業の取り組みを述べました。地方都市のあり方のひとつの理想形として田園都市構想がありました。地方自治体が開発する工業団地はこの田園都市を実現する政策でもあります。企業の経営は社会の変動によって大きな影響を受けますが、着実な経営で地域社会にとって欠かせない存在になることができます。企業がそのような存在になれば、企業の従業員は地域社会の構成員でもあるわけですから、企業のもつ文化は地域社会の文化の一部になります。つまり、企業文化は地域社会との紐帯になることができます。もちろん、この場合の企業とは地域社会とともにあるという経営の姿勢が必須条件となるでしょうし、さらには経営者のもつ独自の文化性が地域社会との好ましい相互作用をもたらすのでしょう。
今回は、社会への貢献や企業文化の形成について、工業団地への進出などといった大きなイベントではない日常的な取り組み、必要な配慮や非常時の対応などの事例を紹介します。

【1】5S活動は工場だけに限らない
製造現場の5S活動は、わが国では広くサービス業などにも展開されています。とくに自動車業界は製造と販売がメインの業態になっていますから、製造会社から同じ資本系列にある販売会社にも5S活動が展開されています。筆者の住居の近くにも自動車販売会社、それぞれ異なるメーカーで3つの営業所があります。このうちのひとつ、A営業所の取り組みを紹介します。

ここでは、午前中の始業時に工場内のみでなく営業所の周囲の歩道(公道)をくまなく掃除しています。その時間帯にここを歩くと挨拶をする従業員もあります。歩行者があることを気付かずにせっせと掃除に専念する人もあります。ともかく、定休日や天気が悪い日でない限り続いています。お隣りと道路の反対側に、自動車販売の営業所が2つあります。こちらはそういう習慣は一切無いようで、見かけたことがありません。

筆者は3つの営業所全てを訪問したことがあります。知人からクルマの名義変更を依頼されたので、申請用の書類をもらいに行ったのです。この対応には、目立った差異はなくどこも親切で問題なく書類をもらうことができました。つまり、筆者の全ての営業所についての好感度調査では全て同じレベルでした。

A営業所の本社である販売会社のホームページをチェックしました。この販売会社の営業成績は同じメーカー系列の神奈川県全体でトップと記載されていました。営業所の周囲をくまなく掃除することが営業成績とどういう関係にあるかはわかりませんが、筆者には納得の成績でした。

【2】芸術活動を支援する
わが国は世界一素晴らしい国であるとの筆者の確信事例として、前回は健康保険制度を紹介しました。今回の話題は吹奏楽や交響楽の普及についてです。まず、吹奏楽ですが小学・中学・高校・大学などで普通にサークル活動があり、全国大会なども話題になります。自治体でもさかんです。さすがに交響楽団となると大学以上になりそうですが、一般のアマチュアでもさかんです。このような国は、世界一とは言いませんがなかなか無いのではないでしょうか。
オーケストラ(交響楽団)の場合、練習会場の制約があります。これはプロ・アマに限らず一般的な悩みであり問題となっています。

日産の同僚から10年以上前に聞いたことです。横浜にある工場の古い会議室(ほぼ講堂の広さ)は終業後であればめったに使わないので、財政的に苦しいプロの交響楽団に無償で使ってもらえるようにした。この楽団からたいへん感謝されている。終業後は使わないし、工場の金銭的な負担は照明や空調の電気代くらいである。芸術活動の支援だから、会社は良いことをした(決定した)と従業員にも評判が良い、こういった内容でした。

財政的に苦しいプロの交響楽団練習会場を提供することは、この場合、企業の遊休資産の活用です。楽団のニーズを聞きつけて、企業内で折衝しここまで現実化した日産の従業員のセンスと行動力は素晴らしいと感動しました。筆者は既に同社を退職していましたが、ゴーン改革で工場の管理職もなかなかものわかりが良くなったなと感じました。

【3】現場に駆けつける 東日本大震災
福島県いわき市には日産の主力エンジンを生産するいわき工場があります。2011年の東日本大震災では大きな被害がありました。当時の経営トップだったゴーンCEOはパリのルノー本社からいわき工場に駆けつけました。CEOが来なくても、横浜の本社をセンターにした復興に向けた取り組みが整斉と進行していました。日産では、こういう突発事態に備えた計画(BCP)が事前に立案されていました。もし、本社のある横浜市が被災した場合は、センターとしては別の拠点が決められている、そういう対策がすべて整っていたのだそうです。従って、ゴーンCEOが被災したいわき工場に駆けつけたのは多くは激励のためでした。

激励のあとのCEOの行動はBCPには無いものがありました。彼は「いわき市役所に行こう」と周囲を驚かせました。市役所を訪問し市長に面会、激励するとともに「いわき市の復興のために希望することがあれば全て言って欲しい。オール日産の総力を挙げて応援する」と宣言したそうです。福島県には大企業の拠点は多数あったはずですが、経営トップ自らが自治体に直接訴求した事例は他に聞いていません。日本人の感覚としては、あまり目立ったことはしない、実質的な応援をすればよいということだったのかもしれません。しかし、企業が社会からどう見えるか、経営トップの行動が従業員からどう見えるか、こういう非常時にもきちんと経営トップの取るべき行動の定石として実践する。ひとつのお手本と言えるでしょう。

拠点の周囲の掃除など日常的な取り組み、企業の遊休資産の芸術活動への活用、非常時の経営トップの行動などを紹介しました。全てを経営トップが実践する必要は無いと思いますが、どういう役割をどのように分担するかは平時に決めておく、これが欠かせないと考えます。