プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第115回 番外編

番外編(21)職業人として欠かせない守るべき道

前回の番外編(20)では、生産性向上だけでなく知的レベルアップも必須であることを述べました。定常業務を段取り良く進めることや進行中の社内プロジェクトを円滑に進めることがまずは基本になりました。その上で、DXのひとつとして情報共有ツールが必要になるとしてよく知られた機能的なツールの効用を紹介しました。このような積み重ねで組織の知的レベルアップが形成されることを説明しました。
今回は、たんに不正行為防止のためだけではなく職業人として本質的に欠かせない守るべき道について述べます。

【1】重大な不正行為がなぜ秘密裏に進行しえたのか
大手商用車メーカーのリコールについては、本連載第110回「実業の中に潜む悪行の芽」でとり上げました。この不正行為は、開発設計の現場というごく限られた職場で起こっています。組織ぐるみで、つまり企業として意図された不正行為ではなかったという特徴が見られます。経営トップを含め、大多数の従業員の方々は全く寝耳に水といった状況であったと伝えられています。しかしながら、この事件が企業経営に及ぼす影響は甚大です。このような重大な不正行為がなぜ秘密裏に進行しえたのか、二つの側面から考えることにします。それは、企業内の業務プロセスと業務に携わる人材に必須の守るべき道、この二つです。まず、企業内の業務プロセスからいくつか述べることにします。

【2】不具合情報をタイムリーに共有するDX
前回、機能的な情報共有ツールを紹介しました。こういうツールは、社外社内に関わらず不具合情報をタイムリーに共有するためにきわめて有効です。もちろん、どのようなツールを装備したとしても意図的に秘し隠すことは可能です。従って、いかなるツールも万能ではありませんが、かねてからごく軽度な不具合についても情報共有は当たり前のことであるという習慣化や常識化には大いに役立ちます。電子メールとは異なり、不具合情報の共有のためにLINEのような即時性は大いに役立ちます。

【3】社内プロジェクトの進ちょくを見える化する
このリコールについては、社内プロジェクトがうまくいっていないのに計画どおりの日程厳守のプレッシャーによって悪行に走ったようです。つまり、社内プロジェクトの進ちょくの実態が当事者以外は知りえなかったということになります。これでは組織的な仕事の進め方の基本が欠けています。筆者はプロジェクトの進ちょく会議は最終的には廃止し、チームの自主自律で運営するのがベストと考えています。ところが、この事件を起した組織では自主自律は通用しなかったようです。例えて言うなら、キャッシュレジスター無しで小売店の現金販売を任せるようなものです。誰でも、易きに流れる傾向は避けられません(この事件は「易き」とは言えない犯罪レベルの逸脱でした)。まずは、管理者や監督者によるチェックシステムは欠かせません。進ちょく会議などを使って進ちょくの実態を的確に把握する必要があります。さらには、管理者や監督者を超える上位者がプロジェクトの現場をふらりと訪れ声をかけるなども実態把握と現場のモラルアップに役立ちます。

【4】品質会議を問題解決の場にする
製造業であれば、すべての企業で定期的に品質会議が開催されています。ポイントは、会議を問題解決の場にすること、これに尽きると考えています。これはプロジェクトの進ちょく会議でも全く同じです。このような会議は、ともすれば担当者の責任追及の場になりがちです。たとえ、担当者のうっかりミスが原因であったとして「もっと注意すること」とするだけでは再発防止策にはなりえません。これでは、航空機の事故の原因は「パイロットの操縦ミス」で片づけてしまうことと同様です。建設的な再発防止のために、例えば次のような観点があります。

・作業工程の安定性・・工程の環境条件のばらつき、作業者の技量や集中力、前工程の出来映えなどに大きく振られるようであれば不具合は起きやすくなる。
 →安定性を高いレベルで維持する、そのために自動化や機械化を進める
・起こった不具合の位置づけ・・労働災害における経験則であるハインリッヒの法則を応用することができる。リコールにつながるような重大な不具合1件の背景には、軽微な不具合が29件起きている。そして、その背景には300件のヒヤリハット級の不具合予備群が発生していると考える。
 →軽微またはヒヤリハット級の不具合発生を見える化する

再発防止のカギは問題や不具合が発生した場合、その責任追及ではなく、見える化、自動化や機械化などによる問題解決にどのようにつなげることができるかにかかっていると考えます。

【5】知的レベルアップだけでもうまくいかない
本連載の前回では、知的レベルアップをとり上げました。意図的な不正行為について発覚したときの状況を想像するためには相応の知的レベルが必要です。非常にまずい状況が容易に想像できれば不正行為の抑止力になるはずです。大手商用車メーカーでリコールにつながる不正行為に関わった人たちはその程度の知的レベルになかったのでしょうか。それとも、発覚することはないと考えたのでしょうか。ここで、ドイツのVW社などのディーゼル排ガス不正事件が参考になります。VW社などドイツの自動車各社は「絶対に発覚しない」との大胆きわまる想定で組織ぐるみの不正行為に走ったのです。彼らの高い知的レベルは「排ガス試験無効化デバイス」を開発したことで証明されています。知的レベルだけでは不正行為の抑止力にならないことは明らかです。

ここで、ドイツのVW社の経営トップがそういう不正行為は絶対に許さない、こういう経営姿勢であったとしたらあのように大規模で悪質な不正行為は起こらなかったのではないでしょうか。このような立場から経営者にも従業員にも役立つメッセージがあります。製薬企業として高名なエーザイグループのサイトに、次のようなきわめてわかりやすいことが質問形式で掲載されています。次に、同サイトから転載します。

エーザイグループの役員および従業員が判断に迷った場合に自問自答するためのものです。

その行動は、
1.家族に胸を張って話せますか?
2.見つからなければ大丈夫と思っていませんか?
3.第三者としてニュースで見たらどう思いますか?


このような人として守るべき道(倫理)をわきまえることが、職業人として真の知性を示すものと考えます。