プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第113回 番外編

番外編(19)組織の風通しを良くするトップの姿勢

前回の番外編(18)では、組織の風通しを良くするために定常的な業務のあり方を見直す必要があることを述べました。例えば、自部署に対して業務プロセスの前後の工程の接続は無理なく円滑だろうか、という観点がありました。極端な場合、隣は何をする人ぞということもありえます。そういう状況は隠れたところでリコールなどにつながる悪行の芽が潜んでいることを述べました。また、どの企業でも必ず開催されているプロジェクトの進ちょく会議などは、百害あって一利無しという存在になっていることが多いと断言しました。本質的に意義ある会議こそが、知的レベルアップにつながると説明しました。
今回は、組織の風通しを良くするための経営トップの姿勢について述べることにします。もちろん、ここで扱うことは経営トップに限らず組織のリーダーにも共通することになります。

【1】そもそも風通しが問題になるのはわが国だけ
経営スタイルとして、おみこし経営とボート経営という二つの分類をこれまで説明してきました。わが国の場合、おみこし経営を基本として、必要なときにトップの意思を明らかにするスタイルがよいのではと述べてきました。それは、わが国においてはおみこしの担ぎ手たちが規律のもとに自律的に行動できるからです。もちろん、諸外国と比較してということですが、筆者はケタ違いの優れた差異があると考えています。

風通しが良くないと、このような現場の担ぎ手たちの発想や改善案が埋もれることになります。これは実にもったいないことです。全てにおいてトップの指示や命令で動くボート経営の組織では、そもそも風通しの問題はありえないのです。もちろん、指示命令の伝達経路の機能不全はあるでしょうが、それはおみこし経営での「風通し」とは異なる問題です。つまり、我われが風通しの良し悪しを問題にするのは、現場には優れた発想や改善案があるということが前提になっているからではないでしょうか。このような前提として、次にもうひとつよく知られた慣用句をとりあげます。

【2】長いものには巻かれよ
目上の人や権力のある人とは争わず、おとなしく従ったほうがトクである。こういう意味で使われていますが、これはボート経営の組織では当然のことです。従って、トップダウンを基本とするボート経営の組織ではわざわざこういう教訓的な慣用句は存在しないのではないかと思います。

つまり、目上の人や権力のある人におとなしく従わない人がいるからこそ、こういう教訓が生き続けている。教訓の前提に焦点を当てれば、現場には価値ある知識や経験がある、それを上手に活かす必要がある。そのためには「長いものに巻かれない人はありがたい存在である」、筆者はこのように解釈します。組織が大きくなれば、全体を把握することはだんだんと難しくなります。苦言や反論は、経営トップや組織のリーダーにとって心地よいものではありませんが、これらが皆無になった状態は決して健全な組織とは言えないことは明らかです。

【3】そこまで丁寧に回答しなくてもよいのでは
苦言や反論ではなく、現場からの提案をどう扱うかも風通しの良い組織には欠かせません。筆者が自動車メーカーの開発部門に勤務していたときの体験を紹介します。新エンジン開発にあたっては、プロジェクトリーダーが専任されます。現在も健在のガソリンエンジンがあります。市場に出て評判は良かったのですが、その真価がわかったのは3年後のことでした。米国の専門誌が絶賛し、その後10年以上にわたって”Best Engine”と表彰され続けたのです。

その開発リーダーAさんについてプロジェクト成功について取材したことがあります。成功の要因はとくに目新しいことはありませんでしたが、細部まで行き届いた配慮を感じました。その後、プロジェクトメンバーのBさんからからリーダーAさんのことを聞きました。プロジェクトメンバーにはエンジンの技術知識は必ずしも十分でない人もある。あるとき、そういう人から提案があった。Bさんはどう考えても提案たりえないと思った。しかし、リーダーAさんは提案に感謝し、不採用の理由を丁寧に説明したメールを出していた。あとで「そこまで丁寧に回答しなくてもよいのでは」と言ったら、「せっかくの提案だから大事にしたい」とのことだった。Bさんが付け加えたことは、「Aさんはいつもそういう姿勢だったから、リーダーとして何かを依頼するとそれをできないと断る人はいなかった」そうです。

【4】何がベストかだけを追求した
戦後の日本で独創的な企業として、ホンダとソニーがあります。ソニー創業者のひとり、盛田昭夫さんの思い出を同社OBから聞いたことがあります。優れた観察眼の持ち主であるOB氏から聞いた盛田さんの経営トップの姿勢の他にOB氏の持論も合わせて紹介します。

・社長の知力が組織のトップという状態では困るはずで、組織として社長を超える知力をもたないと組織の明日は無い。現状は部下にそれがあっても無視されることが多いのではないか。

・三国志などでは、軍師が物語の主人公として存在し知性を尊重する伝統がある。その背景には愚かなトップが数多くいたということだろう。この時代の中国のほうが、現在のわが国よりも知性を尊重していたということになるのではないか。

・ソニー勤務時代はトップと従業員がフランクに話し合える場がいつもあった。討議が紛糾することがあっても、盛田さんは自説を含め何かにこだわることはなくつねに「何がベストか」を追求していた。