プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第109回 番外編

番外編(15) 虚業を排除し実業を進化させるDX

前回の番外編(14)では、社内業務の多能工化を20年以上も前からDXで実践している企業訪問で感じたことを紹介しました。続いて、どのような業務であれ進化の法則性によりラクになることを述べました。業務をラクにするための工夫と努力は社会への貢献であり、これを実業と呼ぶことにしました。製造業は間違いなく実業ですが、実業に対して虚業を設定しました(これはあくまで仮の名称です)。締めくくりとして、DX化は歴史の必然と述べました。
今回は、この続きです。実業と虚業という分類からDXの果たす役割を述べることにします。

【1】わが国ものづくりでのDXの位置づけ
前回、DXは歴史の必然などと大げさな表現をしました。こう言うと、DX無しではわが国のものづくりは消滅するのかという疑問があるかもしれません。しかし、決してそういうことではありません。例えば、携帯電話が本格的に普及し始めたのは1990年代初頭でした。30年経った現在では、スマホなどのモバイル端末の普及率は約95%となっているそうです(東京地区 2021年)。個人のモバイル端末は当たり前になったということです。

ものづくり企業におけるDXはもっと早期に普及することになるでしょう。そもそもわが国のものづくり現場には、自主自律のカイゼンという仕組みがあります。DXについては、日本カイゼンプロジェクトの柿内会長は「カイゼンベースのDX」を提唱しています。カイゼンの精神と仕組みはそのまま活用する、使いやすいところからDXに取り組む。まさにわが国のカイゼン活動にぴったりのやり方です。筆者が早期に普及するという根拠はここにあります。わが国のカイゼン現場はDXの導入についてこのように大きな柔軟性をもっているからです。

【2】DXを理解し実践する努力が欠かせない
わが国のカイゼン現場にぴったりのDXがあるとはいえ、従業員でDXの重要性を理解せず敬遠する方もあります。経営者としてこれをそのまま放置しておくことはよくないと思います。まずは、経営方針の不徹底ということになります。次に、従業員に不幸をもたらします。理由は次のようなことです。従業員の方々がDXを敬遠したままで退職すると、デジタル知識は貧弱なままです。人生100年と言われますから、退職後の人生は長いのです。その長い時間を、デジタル知識無しで過ごすことになります。幸せな人生のために必要な条件がひとつ欠けることになります。これが、退職後の従業員に不幸をもたらす理由です。三方良し経営としては、退職後の従業員「良し」も含まれると考えます。もちろん、自分なりの人生哲学を保持されている方についてはデジタル知識の有無などは全く問題にならないことを追記しておきます。

いずれにしても、経営者の方々にはこのような姿勢で従業員の方々の教育(啓蒙)に取り組んでもらいたいと願っています。

【3】虚業を排除するDX
前回の連載で事例としてとりあげた確定申告納税システムの進化は、申告者の業務をたいへんラクにすることになりました。つまり、虚業を大きく排除しました。このようなDXは社会的に大きな貢献をすることになりました。

よく話題になる進化したAI(人工知能)によるDXのひとつは、医師の診断業務です。診断は経験がモノを言う世界です。いくつかの症状から経験によって結論(病名)を導き出す、これはAIの得意技です。経験ある医師と同等レベルの診断システムが開発されるのは時間の問題と思っています。つまり、診断という虚業をAIというDXが排除することになります。

オフィスで進行している虚業排除の一例はペーパレス化です。書類の作成・流通・保管など全てのプロセスで虚業が排除され、実業のみが残りオフィス業務がラクになります。

【4】プロジェクトの進ちょく管理は虚業がいっぱい
そもそもプロジェクトマネジメント(PM)とは、プロジェクトを大きなトラブル無く進めるためのマネジメントの体系です。筆者はPMの専門家として、企業内の多くのプロジェクトの現場に接してきました。本稿では、プロジェクトの進ちょく管理に絞って述べることにします。

進ちょく管理の重要ポイントは何かと言えば、スケジュール遅延のプロジェクトはどれかを早期に識別し対処策をとること、これに尽きます。このため、プロジェクトチームを監督する立場から関係部署が集まる進ちょく会議が定期的に開催されています。結論から言えば、この進ちょく会議そのものが虚業の塊であり不要なものであるということです。主な理由は次の二つです。

①関係部署が集まる定期的な進ちょく会議は百害あって一利無し
・会議を開催することそのものが関係者の時間を浪費する
・プロジェクトチームは会議準備のための仕事に時間を割くことになる
・会議は責任追及の場になりやすくプロジェクトチームのやる気を殺ぐ

②プロジェクトの進ちょく状況を見える化する工夫が欠けている
・そもそもチーム内でも見える化ができていない
・PMソフト(スケジューリングソフト)が使いにくい

【5】プロジェクト現場の虚業を排除するDX
理想的な姿は虚業の塊・・関係部署が集まる定期的な進ちょく会議・・を廃止し、プロジェクトチーム内で進ちょく管理を完結させる。同時に、進ちょく状況を関係者(関係部署)に常時見える化することです。つまり、進ちょく状況について客観的な指標を導入することです。これについては、本連載第69回で述べています。主要なポイントは次の2点でした。

・2点見積り法によるスケジュール立案 ・・遅れの指標を取り込んだスケジュール作成
・進ちょくの見える化によるバッファーマネジメント ・・遅れの程度に応じて必要な対応をとること

このやり方で虚業の塊を解消できるので大きなカイゼンになります。何よりもプロジェクトチームの自主自律の気風を育てることにつながります。筆者がお薦めするやり方です。

最後に、進ちょく会議が存在しない究極の理想形を紹介します。
筆者のおつき合いしている企業では、社長自らがそのためのソフトを開発されました。現在、開発や設計に限らず社内のすべてのプロジェクトに適用しています。これによると担当者がスケジュールを作成したら(・・ここは通常のソフトと同じですね)、その後は、作業の着手日と終了日を入力するだけ!あとはソフトが自動的に進ちょくの指標を計算し表示してくれるのです。黄信号であれば注意しておき赤信号になったらそのプロジェクトに集中するなどの対応をすればよい。開発・設計の全ての関係者は進ちょく管理から解放され、実業に専念できるようになりました。