前回の番外編(12)では、労働生産性の国際比較で首位を続けている米国経済の強さの源泉は経営者のプロテスタント精神にあることを紹介しました。その精神に、ビジネスで得た利益は投資して社会に貢献することがありました。それに加えて建国当時からの旺盛な開拓者精神が、現在のGAFAM&Tの絶好調を支えていることを述べました。わが国でも、転換期を迎えた自動車産業の中には電池の技術革新によって世界をリードするために大規模に投資する企業があります。前回の最後で、日本は何でもできる国であり、天然資源は無くても他国には無いカイゼンという独自の資源があることを述べました。
今回は、最初にわが国の多彩な教育システムについて振返ります。そして、これがカイゼン現場の多様な人材を生み出していることを述べます。ビジネスで得た利益をビジネスに投資する前にまずはカイゼン現場に投資するというわが国独自のやり方を解説します。
【1】わが国の多彩な教育制度
幼稚園から始まって小学校からいろいろな学校(教育機関)があります。「多彩な」とはいろいろな選択肢があるということです。選択肢として重要なことは年齢制限がそんなに厳しくないということでしょう。といってもよくわかりませんので、比較のためにわが国とは極端に異なるドイツの教育制度を紹介します。2015年にミュンヘンに出張したとき、現地在住の日本人ガイドから聞きました。
小学校は4年制でその後の進路は卒業時(10歳)、三つのコースに分かれるのだそうです。
子どもが10歳のとき将来の進路を決めるのは相当に無理があるとの批判はあるのだそうですが、なかなか抜本的な改革はできないとのことでした。「受験」での苦労は無いが、そのかわりに「選別」があるわけです。制度として選別されるのですから、自由度は基本的に無い。国や自治体の教育にかかる経費は合理的に管理でき効率的というメリットが大きいのでしょう。
これに比べて、わが国は大器晩成対応型の教育制度です。自由度は大いにある。その分、国や自治体の教育にかかる経費には様ざまな余裕しろを見込んでおく必要があります。予算は膨らむが(効率的ではないが)教育サービスの自由度は大きいと言えます。これが、わが国には多彩な教育制度があると言える理由のひとつです。
【2】企業内教育が当たり前で熱心なわが国
そもそもわが国では企業に入社するとき、「即戦力」などはほとんど重視されません。ずいぶん前のことになりますが、文部官僚で「即戦力の人材を生み出す」学校という構想をつくった人がありましたが、構想は自然に消えたようです。「すぐ役立つものは、すぐ役立たなくなる」ことが自然な傾向と思われます。即戦力などではなく、変化や新しい状況にどう対応できるか、こちらのほうが素直な目標ではないでしょうか。とくに、現代は大きな変革の時期を迎えています。変化や新しい状況に対応する、問題状況から解決のために必要な課題を設定する、設定したゴールに効果的に前進するなどの戦力が求められています。これらのためには、どうしても自社で育て上げるしかありません。とは言っても、多様性を確保するために異なる観点も欠かせません。
【3】企業内教育を社外の観点で見直す
製造現場には多能工という考え方があります。いくつかの異なる工程の作業をこなせる人材のことです。これを全ての業務に適用することを考えます。例えば、経理の担当者の場合、月末は多忙がピークになるとします。ピーク時だけでも社内からの応援があれば大いに助かります。ピーク時の負荷をならすことができれば、時間の余裕が生まれます。すると業務の抜本的なカイゼンにもつながります。経理に限らず定期的にピークが訪れる業務の場合、抜本的なカイゼンを自発的に行うことは相当に難しいことです。しかし、このようなカイゼンを企業内教育の一環として実現することができれば、業務レベルの大きな向上につながります。
こういう状況で筆者がやることは、まずは次のようなたった二つに絞りこむことができます。
①ピーク時だけ社内からの応援でやってもらう業務を選別してもらう・・これだけのことでも社内上司からの指示ではなかなか動かないことが多い。
②業務フローを最終成果物から遡って見直す・・中間での情報やり取りのタイミング、精度と業務分担などをチェックする。
上記の二つの項目は、全ての業務に共通します。従って、経理や設計でも同様なアプローチになります。ここでは、定期的にピークが訪れる業務の場合としましたが、常時ピーク状態の業務もあります。この場合でも、重要ポイントは上記の②であることは変わりません。
【4】多様な人材を生み出す
わが国は本質的に多様性という特質を持っています。産業構造が変化しても、しっかりとその変化に対応してきました。自動車業界は電気自動車への転換期で人が余ることになるでしょう。しかし、他の業務をこなすことで本人も企業も、そして日本全体がこの転換期をうまく乗り切ることができるでしょう。つまり、わが国はもう既に「多様な人材を生み出す」特質を実現していると言ってよい状況になっています。
10年ほど前のことですが、ライドシェアサービスのウーバーが欧州に進出したとき、現地のドライバー組合は猛反発しました。彼らはタクシードライバー以外の仕事はやりたくない(できない)からでした。我われ日本人は大きな潮流に抵抗すること無く、自分にできる仕事を見つける多様性があります。これからの変革の時期を迎えて、ますます我われの特質を活かす機会が増えることになるでしょう。